韓国ガジェット旅行に向かう飛行機の中で、ちょっと自分の経歴について触れてみようと思う。

日本海側の国

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おはようございます、サイハンです!

今から大学時代の友人の待つ韓国に行ってきます!

フライト時間を待つ間に、このブログを運営する私について少し触れてみたいと思います。

 

サイハンって、いったいどーゆー人間なのか?

 

いつもやたらガジェットについて書いてるけど、実際はどんな人間なの?と興味を持ってくださっている方もいらっしゃるかもしれません。(え?いないって?)

 

そこで、自分の経歴について話す時があっても良いと思うので、ちょっとした自己紹介をしてみますね。

 

生まれも育ちも大阪

 

平成元年、大阪府大阪市天王寺区生まれ。

 

朝から気温30度超えコースの真夏の猛暑日に生まれる。

 

へその緒が90センチもあったそうで、母のお腹の中にいた時によく窒息しなくて良かったね、と言われたそうです。

 

小さい頃から泣き虫でいつも母の後ろに居た気がします。

 

あと、大阪人だけど全然面白くないです。(期待されると困るので、先に言っておきます)

 

現在は?

 

27歳となった今は、本業の会社員でiPhone修理をする傍ら、不定期でサイハンログを更新しています。

 

今となっては、ただのフツーの社会人です。

 

そんな私ですが、今まで本当にロクでもない生活をしてきたと自分で思います。

 

これからはそんなどうしようもない生活をしてきた軌跡や記憶も恥ずかしい過去も全部私自身なのだから、記憶から薄れてしまう前に好きなガジェット話に加えてこのサイハンログに残していきたいと考えています。

 

ガジェットネタ以外はいらねーよ!という方の場合は、タイトルで分かるようにしておくので読み飛ばしてください。(笑)

 

小中高は決して目立たない存在

 

どこにでもよくある話だし、大半の人間がそうだと思いますが、小学中学高校と自分でも目立たない存在だったなぁ…と思います。

 

活発ではなかったです。

 

ヘタレで運動神経もなくスポーツもやらない。

 

でも力は強く身長も高めだったので、細かったながらもイジメられるようなことは少なかったと思います。

 

勉強もできない、順位も間違いなく後ろから数えた方が早かったです。

 

でも一つだけ、中学3年の時に修学旅行でカナダへ行った時に現地の女の子達と接する機会がありました。

 

英語が堪能ではない為、積極的になれなかったのがバネになり、英語の点数を上げたい、英語をもっと分かるようになりたいの一心で英語の成績だけ本当によく伸びたのを覚えています。(割と単純な人間なのかもしれません)

 

ルックスも良いわけでもなく総合的に平均的以下なのか、女性にモテるわけでもない。

 

正直言って、小学中学高校とあまり楽しかった思い出はありませんでした。

 

何やってたんだったっけな?と記憶が薄れてしまうくらい、本当に平凡な日々を過ごしていたんだなぁと今思い出しても思います。

 

大学卒業後はずっと憧れだった夢の東京へ

 

4年制大学での就職活動当初、父の自営業の経営不振と両親の離婚騒動があって、どちらに付いていくのも嫌で大阪を飛び出しました。

 

就職した先は東京の某大手通信商社の営業マン。

 

というか普通に全国各地にもある会社で、単純に東京に行くための切符でした。

 

自営業の父がもともと営業マンだったこともあって、将来的に営業力は絶対必要だと思いこの会社に決めました。(他は何一つ受からなかった)

 

2011年3月、上京。

 

池袋駅で道が分からず、2時間彷徨うところから私の東京生活は始まりました。

 

自分の住所が東京都〜区になっている?!夢を見ているようで、信じられない!

 

俺は今東京に住んでるんだぜ!?と震えました。(意外と子供っぽいところがあるようです)

 

実はそんな私より2年先に実の姉が上京していて、彼女は彼女の夢を目指していました。

 

そう、姉弟揃って親元を離れて東京に移り住んだんです。(父は毎晩泣いてたらしい?)

 

東京は大阪から見ても都会でした。道を聞いても知らない人が多いことといったら。

 

東京に行ったことがある人は知ってるかもしれないけど、ほとんどは周りの県とかから出てきてる人が圧倒的に多いです。

 

私は23区に住んでみました。

 

若い時ぐらい都会で住んでみたいなぁと素朴に思ったからです。

 

歳を取ったらもう都会じゃなくてもいいや。そんな考えが当時の自分にありました。

 

新卒で入ったバリバリの体育会系通信商社

 

卒業してからもここまでは、今までの人生と同じく平凡でした。でもここから私の人生は大きな転機を迎えます。

 

3月の後半に就職先の研修がありました。

 

千葉の房総半島にある千葉県立鴨川青年の家で25〜30キロの距離をひたすら歩き、諦めない根性?不屈の精神?を鍛える研修合宿でした。(そんなことぐらいで鍛えれるのか分からないけど)

 

これは今から思えば、たぶん営業マンにとって一番大切な脚力を鍛える為の合宿だったのかなと。(同時にそれに付随する忍耐力も)

 

営業力以前に、まずは客先まで辿り着ける脚、これを身に付ける為のものだったのかもしれません。

 

まだスタート地点にも立ってないのに。

 

元々歩くのは好きだった私はレース最後のあたりはチームの皆と走ってましたが、残念ながらゴールに到着する前に会社の車で回収されました。(本当は走るのは禁止)

 

同じチームに研修の途中で棄権した(内定を辞退した)子も居ました。

 

ここで辞める子も居るんだ、と実感しました。まだ社会人のスタート地点にも立ってないのに。

 

若い私は心の中でその子に対してそう思いました。

 

しかし今の自分なら、たぶんこの居場所は合わないと思ったら、すぐに別の道を歩むのもあながち間違いではないのかもしれない、と思います。

 

いよいよ研修が終わりを迎え、「じゃ、オス!!!※1」という掛け声を見事マスターし、同僚達と東京の帰路に着きます。

 

※1押忍の略ではない。おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様ですの略。

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