人類が存在する理由とは?人は何の為に生きるのか?

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おはようございます、セキタンです。

午前中からこんな重いタイトルですみません、でもどうしても書きたいのです。

 

「人が生きる意味ってなんだろう」

 

今までに皆さんも一度はお考えになったことのあるテーマだと思います。

 

そもそも人間は何の為に生まれて、何の為に生き続けるのか?

これは人類にとって永遠のテーマ。

 

人類が存在する理由とは?

 

自然界で人間が存在している理由、それはまだ分かりません。これから良い理由が出てくると良いのですが。

 

すごく極端な言い方ですが、地球上で人間がしていることは環境破壊だったり、それによって加工物を作ったり。要は人類がより良い生活をする為や発展する為に労力を使っています。

 

これは人類が半永久的に生き続ける為には必要なことかもしれませんし、後世の為に良かれと思ってやっていることかもしれません。

 

それはそれで自分達自身に意味のあることを日々やっているのでしょう。

 

 

 

人間は自分たちの発展の為、環境破壊をしてきました。そして今、環境保全活動を行っています。

 

これに対して、

 

「元々破壊しなかったらよくない?そうすれば保全しなくても済むでしょ?」

 

そんな意見もあるでしょうし、

 

「それならこれだけ便利で発展した時代を止めて、また自給自足で生きて行くの?死ぬまで山で狩りをして生きるのか?生きていけるのか?」

 

こちらの意見もあると思います。

 

人類が発展した先に、または逆に発展を諦めて退化した先に、何が待っているのかは誰も知りませんし、分かりません。

 

人間が生きる理由とは?

 

人間が生きる理由については、人それぞれの人生観が影響してくると思います。

 

贅沢で優雅で不自由なく一生お金に困らない生活を送りたいとか、生活は質素でも良いから子供は3人居ていつまでも笑いの絶えない家庭を築きたいとか。

 

それらは全て紛れもない人間が生きる理由、目標ですね。

 

そういう明確なビジョンが持てるのは非常に素晴らしいことだと思います。

 

人間が生きる理由の一つとして、人と人とのコミュニケーションが大きく影響してくるんじゃないかと私は思います。

 

コミュニケーション

コミュニケーション(英: communication交流)とは、

  • 社会生活を営む人間の間で行われる知覚・感情・思考の伝達。
  • (生物学)動物個体間での、身振りや音声・匂い等による情報の伝達。

引用元:コミュニケーション    –     wikipedia

 

 

目に見えない物が生み出す価値について

 

誕生日にある人からルイヴィトンのバックをプレゼントされたとします。

このブランドが好きな人からしたら、きっとすごく嬉しいんだろうと思います。

これからどこへ出かける時に持ち歩こうか、どんな服装と合わせたらお洒落だろうか、色々思案することが本当に楽しみになるでしょう。

 

また個人の収入にも依りますが、人間界では高価なものだと思います。

 

もちろん値段だけでなく、見る人が見ればその価値はきっと素晴らしいもので、そのバックを持つことによって得られるステータスというものもきっとあるのでしょう。(私には分かりませんが)

 

どちらかと言うとこのバックをプレゼントされた話は、上記の人類がより良い生活をする為、人類のエゴの為に近い気がします。

 

バックを見ても素晴らしいですし、19世紀にルイヴィトンのバックを作った人、ルイヴィトンという一流の職人さんが居たという事実も人類にとって素晴らしいことだと思います。

 

物を貰った話としてはここで終了です。

 

どれだけ高価な物だったとしても、それがどれだけの価値があるかは貰う側が判断します。

 

そのバックの値段や価値、ステータスを理解していなければ分かりませんし、バックに詳しくない人からすると1,000円で売っているデザインは残念な実用性の高いバックと然程使い勝手は変わらないのかもしれません。

 

もちろんバック目当てのひったくりに遭いそうになったり、周りの人からそのバックお洒落ね!って言われると、改めてその価値やブランド力を実感するのかもしれませんが、そうでない限りバックに無頓着な本人の感覚はきっと変わらないでしょう。

 

一方でバックを貰ったのとは違い、人にコミュニケーションを通じて何か良くしてもらったとします。

 

仕事のトラブルで困っている時に助けてもらったり、アドバイスをもらった経験、そして親切にしてもらった経験、これらもまた価値を生み出します。

 

そしてこれらの価値の大きさも受け取る相手が判断します。

 

これは物を貰った時とは少し違った価値を生み出している気がします。

 

それは人が人とコミュニケーションを取ることで生み出される目に見えない価値だからです。

 

言い方を変えれば、実業家の堀江貴文さんが書く文章の中に出てくる『信用』と呼ばれるものに近い存在だと私は思います。

 

堀江さんは貯金は貯めなくて良いから、『信用』を貯めろと言っています。

 

これは貯金を貯めるより、信用を貯めた方が自分の人生がより楽しくて充実するからこう言っているのかもしれません。

 

ただ、信用を貯めろと言われてもイマイチ実感が湧きませんよね。

 

私も今までは自分でもよく分からない(?)信用を貯めるより、お金を貯めた方が早いし人に騙されたりもしないし、一番安全なんじゃないかと思っていました。

 

しかし人間が死ぬまでのことを考えれば、お金を貯めたり高価なバックをプレゼントする以上に、人と人との信頼関係や信用を積み重ねた方がもしかすると人生は充実するのかもしれません。(死んだ後のことは分かりません)

 

私自身決してお金持ちではないので、お金持ちの人々の気持ちはよく分かりませんが、きっとお金持ちの人には貧乏な人と比べると”この世にお金より大切なものがある”と考えている人が多い気がします。

 

その大切なものとは、家族との関係だったり、長年の仕事で築き上げた頼る&頼れる仲間関係だったり、そういった人と人とのコミュニケーションを通じて生まれる信用価値が多いのではないでしょうか。

 

そういう大切なものを持っている人を見ると、堂々としていて、生き生きとしている印象を受けますし、見ててかっこいいです。高価なバックを持っていることよりもはるかにかっこいいです。

 

そして、きっとお金以上に信用価値をたくさん持っている方が、人が生きていく活力になるんじゃないかと今思います。

 

セキタン 母が病に伏せる病室により。

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